~虹の記憶と空色のルピナス~

◆◆自分を見つめていくための探求ブログ◆◆

こういう見方もあるんじゃなかろうか 1

こんばんは、MASIRO です。

今回のシリーズはちょっと実験的に書いてみたいと思います。



3~4年くらいにかけて、
自分が学んだことを自分なりの解釈を含めて、
この世界のこと、統合について、
何のこっちゃか分からないかもしれないですが~~

思い浮かんだことから書き進めたいと思います。



この衝動は、
統合しまくり、断捨離もしていった先で、

ふと思ったことがきっかけです。


『あぁ~あれは、私に合わせて、そういう演技をしてくれていたのかもしれない』




今の地球は、アセンションをしようとしていて、
バックアップする力がたくさんあるからこそ、
そう感じることができたのかもしれないけれど・・・



10年前の私は、
とにかく、誰かの何かの一番になりたいという思いが強くありました。
(仕事でも人間関係でも)


本当は、

私は、自分に合った仕事ジャンルを探したくて、
いろんな仕事ができる会社を選んだはずなのに、


その思いよりも、


周りの人と同じように、

自分もスムーズに人生を進んでいける人間になりたいという思いが勝っていて、



自分の人生のための目的よりも、


周りから見て、何の問題もない人生を歩めるように、
誰にも文句を言われないように、

誰かに変に思われないように、陰口をたたかれないように、

気づかないうちに、自分以外の目線を基準にして、

生きていました。



当時の私は、それが一番大事だったので、

自分以外の目線を基準にしていたなんて、
思ってもいませんでした。




誰かが文句を言ってくるのは当たり前と思っていたので、

それに反論できるような対応をしなければと、

マナーやルールに関しては、一番重要視していて、

正論で反論すれば、

文句は終わっていきました。


陰口も、こっそり聞こえてきた場合は、

それに対しても
今後そういう事を言われないように、
それはこういう理由があったんだと、分かるようなアピールをしたり、

とにかく、

こういう理由があったからだと、

何か自分に引っかかるような言葉があれば、

何かしらの対応をしていたように思います。


一方的な悪者になりたくなかったからだと思います。



仕事はそれで良かったんです。



一番キツかったのは、人間関係でした。


人間関係でも、
私は、友だちのグループの中で一番好かれる人間でありたかった。

何かあったら、
一番に私の所に相談してきて欲しいし、
遊びにも誘ってきて欲しいと思っていました。


私の事を一番に思っていて欲しいという思いがあったので、

私に何かあったら、
ちゃんと話を聞いてほしかった。


私は人一倍、
グループ内で力を合わせて何かをすることとか、
仲間の為に何かをしようとか、
みんなのために何ができるだろうかと、考えてきたつもりでした。


でもいざ、私が何か本当に困った事が合った時、

自分がこういう辛い思いをしてきた事を、
苦手だけども、
やっとの思いで口に出した言葉を、


『どこにでもある』


のたった一言で終わられてしまいまして・・・・(ノД`)・゜・。



正確には、
その一言だけでなく、
私の思いや意見に寄り添ってもらってないような雰囲気で、
ただその人が、自分の思った事、話したいことを話されていくだけで・・・


私はその時、

自分が思った以上に、

悲しかったんだなぁと思います。


友達なのに、なんでそんなそっけないのかと。



また、その当時、仲良かった男性にも、

ある同期の相談をしたところ、

『しょーもな』


の一言で片づけられたことがありました。



さんざん私は、彼の愚痴を聞いているのに、

ちょっとくらい私の話も
真剣に聞いてくれてもいいんじゃないのかな・・・。




まぁでもね~

でーもーねーーーーーー



私がちょっと会社間のゴタゴタに巻き込まれそうになった時、

あんまり面識のない上司が、
わざわざフロアが違うのにやってきてくれたりね、


飲みに誘ってくれた人もいたのよね。



なんで私・・・・


その人達のこと、

すっかり忘れていたんだろ・・・。




たぶん、

本当に、真剣に話を聞いてほしい人に、

聞いてくれなかった、という悲しい思いの方が強かったからなんだろうなぁ。



一番近い人に、
一番自分を分かって欲しかったんだろうなぁ。


何故だか、
自分に近い人達には冷たくされて、

ちょっと遠い人の方が、やさしくしてくれるという。


そういう周波数を自分が出していたんだろうね。



私がそういう周波数を出しているから、

彼らは、その周波数に合わせて、

わざわざ私の悲しくなるようなセリフを出してくれてたんだろうなぁって思います。





じゃあその周波数はいったい、いつ身に着けたのか。


まぁ・・・記憶はないけれど、


我らが地球に降り立つときに、

私の場合は、それを選んで、自分にひっつけたんだろうなあと思っています。

重りのようにね。



そして、それは、
一度現実に出ると、

それで終わるらしい。


それで終わったはずなのに、


いつまでもいつまでも握りしめているから、

同じ映像が流れていくらしい。



私は、ずーーーーっと、握りしめていました。


なんであんな事を言われなきゃいけないの?

私の何がいけないのか、何が原因だったのか・・・

優しくしてほしい相手に、冷たい言葉を言われる・・・・

なんでなんでなんで?

ぐるぐるぐるぐるぐる。




私の自分の気持ちに鈍感という性質には、

この周波数はめっちゃぴったりだったと思います。


自分が大事だと思っている人に、
大事にされたいのに、されないから、

めっちゃ考える。


(当時は、自分がそう思っている事にも気づいておらず、(赤字の部分)
ただ、得体のしれないモヤモヤや重たいものが自分の中にある感じがしていた。
その重たいものが何なのかが分からないけど、嫌な事とは分かっていたから、
めっちゃ考えていました。)


また同じことが起こったら嫌だし。


また、自分の事を誤解されたくないし。


また、傷ついたり、悲しんだり、怒られたくないし。

好きな人には、私の弱い所見せたくないし。むしろ助けたいし。



その為に、
私は、一番になりたい。
強くなりたい。



ずーっとそう思っていました。




でもそれって・・・


ベースは、

自分は好きな人に大事にされない。
好きな人に、自分の弱い所を見せたら、嫌われると思っている。
自分は誤解される人間だと思っている。
悪く思われやすいと思っているから、反論できるように準備をしている。


そう。


自分は、
自分で、そんな風に思っているからこそ、でてくる「一番になりたい」という言葉。


じゃあさ・・・

その自分に対して思っている事を、

全部外してしまえば・・・

いいんじゃない???


私はずっと、


自分が失敗してきたところを、

次はしないようにしないように、

その為には自分の何を変えればよいか、何を追加していけばよいのかを、

10年くらい考えていました。


私はグレーゾーンアスペルガーを持っていて、HSPでもあって、
過敏症腸症候群に、10年以上悩まされていて、
リハビリで何とかなったけど、
軽い対人恐怖症にもなったりして、


これらを何とかしないと、

普通に社会で生きていけないと、

全力本気で思っていました。



ある時、私、


心屋さんに出会ったんですね。

この記事で書いている話とは別件で、ブログに出会ったんだけれども、


『足りない自分にも◯をつけよう。』

っていうのがあったんです。



最初は、、、

( ´_ゝ`)フーン な感じだったんですけれど、


自分のできない所をどうしようどうしようと考えている時にね、


ふと、


「そのままでいいんじゃないか・・・・」



になってきたんですよ。




もういいや、
あきらめよう。


私・・人の空気に敏感やねん。


誰かの目線とかにも敏感だから、

見られてる感じって分かるし、

それが、監視という目だったら、

気分悪くなったりするねん。


人混みも平気なふりして歩いてるけど、

いろんな人の気が混じっていて、

それが機嫌の悪いオーラだったりしたら、


オエッってなるし、


それが職場であったとしたら、


仕事にも影響出てきたりする。


それをカバーしようと、

思考で必至で、こんなんに流されてはダメだダメだと言い聞かせて仕事してきたけど、


家に着いたら、

他の人は80%くらいの疲労度な所、

私・・・160%くらいに疲れてしまうねん。


ついでに、お腹も壊して、

2日くらいご飯が食べられなくなる。




ホント・・・仕事以外の所で、
こっそり、けっこう大変で、


そんな自分を誰かに見せたくなくて、

誰にも相談できなくて、


ずっと一人で我慢していた・・・。


なので、、、、


家では怠けているとずっと、思われていました。

職場でも、健康管理が不十分だと思われていました。



それが一番、辛かった。



そういうのもね、


もう、


いいや(笑)


そういう人なんだよ。私は。うん。


敏感なんですよ。うん。

それでいいのだ!!!


というところまできたんだけどね~~~~(`・ω・´)