~虹の記憶と空色のルピナス~

◆◆自分を見つめていくための探求ブログ◆◆

ぱっかーん・・きた?のかも 『原点回帰話その1』

こんにちは! 
ちょっと前から・・・

蛍石(フローライト) から 名前をちょっと変えまして・・・
ましろ(フローライト)』になりました。

文章で書くときはMASHIROにします。
ひらがなが続いて読みにくいので・・・(;´∀`)

フローライトは、浄化とか純粋とか、そういう意味があるので、
名前から外すのはちょっと躊躇いがあり、残してみました。
よろしくお願いしまーす。

さて・・・

題名のぱっかーんなのですが・・

自分に対してのイメージが、自分の事をどう思っているのか、という自分認識が、
なんかちょっと実際と違うのではなかろうかと思い始めてきました。

中高生~大人と呼ばれる年になってからまでの、あれやこれやを
自分を見つめるために書いてきましたが、

その内容を一言でいうと、

『自分が何を思っているのか、何を考えているのかよく分かっていないけど、
 一般的に『こうするもの』、という道を歩いて、流されて進んで行って、
 意図して流されていたつもりだったけど、
 何を考えているのかを自分が一番分かっていないから、
 周りに適応できるように頑張ることが目的となり、
 その結果、

 身体が心の代わりに悲鳴を上げて、
 動くことができなくなって・・・

 動くことができなくなったら、
 今度は、
 動くことができない自分、適応できなくなった自分を責めまくって、
 人と比較して、
 自分がいかに、できていない人間なのかという事を感じる

という話でした。

一言じゃないけど(笑) お約束(笑)


その時は、できていない自分を感じたいんだ!
なーんて、なんか変態的なことを考えているなんて気づいていなかったけど、

たぶん、そうなんだろうなと今は思う。

過去の自分が、自分の事を自己紹介する時、
なんちゃってSEでーす。とか、
ゲームが大好きでーす。とか、
職業や、好きなものの説明をしていたんですね。

自分の性格の説明ができない・・・
しぼりだすと、好きな事には一直線・・・みたいな言い方になっていました。

確かに自分の感情に鈍感だけども、
だけども、
たぶん、自分に興味があんまりなかったのと、
自分の事・・・好きじゃなかったんだよね・・・。
顔も、身体も好きじゃなかったし。
小学生の頃、
性別は、女の子で、
でも、なぜか、「女の子です!」って言うのに抵抗があって、
実は、フリフリ~なスカートが好きだったけど、

全然似合っていないスカートをはいていたボーイッシュなクラスメートがいて、
それを見ていた何人かの女子グループ達が、
陰で、「似合っていないよね~」とか話をしているのが聞こえてきて、

フリフリ~なスカートは、
似合うような可愛い女の子がはくものなんだ・・・
みたいな解釈をして、

そこから、はかなくなりました。
(自分が言われた訳じゃないのに・・・)

ついでに太っていたし、足が見えるのが嫌だったし、
ちょっと大きめの服ばっかり着ていました。
たいがいが親の趣味だったけれど・・・
違和感があるものの、
それが、「嫌だ!」という感情とは気づいていなかったから、
言えなかったので、
毎日、あんまり気に入っていない服を着ていました。

足が太いのがコンプレックスになったのは、
男子に、かなーりというか、毎日毎日飽きもせずからかってきたり、
なぜか背中をなぐってきたり、
顔面ボールをぶつけられたりしたので、
足は見せたくないという思いも強かった。

髪型も嫌いで嫌いでたまらなかったので、
鏡もあんまり見なかったし、
写真なんて、大嫌いだったし、

集合写真も嫌いでした。

なんであんなにカメラに向かって笑顔になれるのか・・・
(と言いつつ、回りに流されて自分も笑顔を作ってるんだけどもさ・・)
まったく不思議でしょうがなかった。
なんであんなにはしゃげるのか・・・

髪型も顔も身体も服も、自分を見たくなかったんだと思います。

そうそう、
若いのに地味なの着て~
とか、両親の知り合いの大人の人に言われたのも思い出しました。

自分というものが、
まず、見た目から好きじゃなかった事を思い出しました。

見た目以外では、
小学生の頃・・
私の言った言葉は、あんまり信じてもらえなかったり、
決め付けられて、話を聞いてくれなかったり、
自転車で道路の真ん中のデコボコにはさまって置いてけぼりになったり、
塾でも成績は真ん中より下だったり、
発表はもちろん苦手だったり、
転校で意地悪されたり・・・

まぁまぁまぁ・・・
楽しい記憶よりも、嫌な記憶の方がダントツに多くて、

中学生高校生も、
やっぱり嫌な記憶の方が多くて、

それは私が、
人よりできない人間だったからだと
無意識に、

ずーーーーーーーーーーぅっと、
これでもかっっっ!!!て言うほど、
思い続けていたんじゃないのかなぁって

思ったのです。


そう思えたのは・・・

「あれ?ちょっと待てよ・・・私・・・自分の事を、
 自分で作ったイメージで(できない自分)、
 自分の事を見てはいないだろうか・・・」

と、

原点回帰というテーマで大片付けをしている所に
ピンっと
降りてきたのです。

できない自分のイメージに染まりすぎて、
できないと思っている事にも、
気づいていなかったという事に気づきました。


この大片付けと言うのが・・・
学生の頃にはまっていた、
大量の、、、ファイル約25冊分の雑誌の切り抜き・・・だったのです。
本当は、今までもちょこちょこ処分していたので、
全体から見たら、25冊分じゃ足りないんですけどね(笑)

切り抜きの片付けをしている時に、

なんで、私・・・
二次元の作品に対して、こんなにこんなに、
丁寧に丁寧にファイリングしていたんだろう・・・
バカじゃなかろうか・・・とか、
時間の無駄じゃなかろうか・・・とか、
こんなに丁寧に作品を愛したとしても、
作品からは愛してもらえないんだぞ?とか、
今、こうやって整理している時間も無駄じゃなかろうか・・とか、

過去の自分に対して、肯定どころか、否定の言葉しか出てこない(;´∀`)

もっと、回りを見ろよとか、
もっと、一般的な趣味があるだろうとか、
なんで、アニメなんだよ・・・とか、

自分が一番、自分の事をバカにしているという事実に気づかないまま、
片付けをしていました。

一通り終わって、
やっぱりまぁ・・・

今も大好きな作品は、処分はできないんですよね・・・

ちょっと気になって集めてたものとか、
もう何年も経ってて汚れているものは処分しましたけどね・・・

当時・・・
私の一番好きだった事は、
好きな作品は、「自分のできる範囲で全ての情報を網羅したい」
可能なら「全てを知りたい」
情報を集めることが、ものすごく好きだったんです。
情報を集めて、綺麗に整頓する事が大好きだったんですね。

これはきっと、、、
カードダスのカードをコンプしたいという気持ちに似ていると思う(笑)

カードは有限だけど(と言ってもコンプは難しい)
作品の情報についてのコンプって、
自分のできる限り・・・が枠になるから、
けっこう、幅広くなってしまって、自分から遠くなるほど、
そこは、「すき」「きらい」の感情が薄くなり、
コンプ目的に情報を集めてファイリングしてしまう・・・

例えば、A作品を作っていたメンバーが、新たにB作品を作ったとして、
自分は、A作品が好きだけど、B作品はちょっとな・・・って思ったとしても、
A作品を作ったメンバーという繋がりがある以上、、、
好きでもないのにB作品を集めてしまうんですよ・・・・・


漫画でも、面白くなくなったら途中でやめればいいのに、
長い巻数をずっと買い続けているから、
習慣や謎の義務感で買ってしまったり・・ね。


これは、
社会生活にも似ている所があって、

例えば、

自分は今の職場は居心地がいいし、仕事内容も不満はない、だけど、
今のままだと、いずれ先は短いとか、
将来が心配だとかで、
『今』自分が居心地がいいと思っている所にいたとしても、
『今』自分が好きな事をしているはずなのに、
『今』したいことが出来たのに、

そこから先にやってくる出来事に対しても、
今までの習慣に流されて、
その時に感じた自分の気持ちを後回しにしてしまう。


あぁ・・・
自分の過去の趣味も・・・
あの会社の作った作品だ、あの人がデザインしているからとか、
シリーズものだからだとか、
自分の感情より、
他の物を軸にして、集めている所があったなぁと思いました。


私の原点・・・
1、自分の見た目も、中身も嫌いだった
  →だから自分よりも、周りの人優先に考える。
2、自分の感情よりも、他の物を軸にして決めることがある。
  →好きなものを完全に把握したいという欲求がある。


原点回帰の目的を書くのを忘れていましたが・・・(笑)

新しい原点を作るために、原点回帰をしています。

今までの自分の原点を知った後、それを元に、
新しい原点を作ります!

今までをひっくり返すのが楽しみになってきた・・・わくわく。


つづく!!