~虹の記憶と空色のルピナス~

◆◆自分を見つめていくための探求ブログ◆◆

赤の章 -次-

原点回帰という意味では、
赤色というのは、結構重要な色かもしれません。

チャクラで言えば、大地のエネルギーと一番近い場所。

この章では、小学生~大学生までの頃を主に書いていましたが、
私という人間の基盤の元になっている、あるいは、
元に近い所が出ている時期に当たるのかもしれません。

ダメダメな所ばかり浮かんでしまいますが・・・
欲しいものを欲しいと言えず、
あらかじめ用意されたものがあれば、嫌とは言えず、
我慢してそれを使ったり、

小学生の頃、友達の力になりたいから、
こういう子がいて、どうしたらいい?って相談したら、
付き合わなければいいやん・・・と言われ、
私の気持ちごと全否定された気分になり、
親にはもう相談できない・・・と思ったり、
(私の意見は通らないという変な思い込みが出来上がったのかも・・)

友達から頼まれたら、嫌とは言えずそのまま流されたり・・・

小さい頃から、
私は、自分の気持ちを無視していて、
一人で考えて、一人で決めて何かをしなければならない!
と、思っていたように思います。

基本的に私は、争いごとが嫌いで、
口げんかも嫌いで、
誰かの意見とは違う事をする、違う意見を持っている、という事は、
争いの元になると考えてる傾向があり、
自分とは違う誰かがいたとしたら、
合わせるか、避けるか、
のどちらかが多かったように思います。

ただ、学校という社会に出ると、
それだけでは済まない事が多々でてきます。
学校ではまず、自分の意見を求められますし・・・
発表というのが、とてもとても苦手でした。
自分の意見が受け入れられなかったらどうしよう、
人と違っていたらどうしよう、
私の見方は、感じ方は合っているのか・・・
そんな事ばかり考えて、
あまり言葉を出す方ではありませんでしたが、
出さなかったら出さなかったらで、
ぐいぐいと私の心のテリトリーに入ってくるわけでして・・・

どう思ってるの?何考えてるの?と
言われるのも苦痛で苦痛で、、

それで、回りの誰かをお手本にして、
真似する事が多くなったような気がします。

誰かと同じ意見、
またそれが、クラスの人気ものや、先生や、
まとめる立場の人と同じ意見であると、衝突する事は少ないし、
どう思ってるの?とグイグイ聞かれることもありませんから。

逆に私が好きに意見を言える環境というのは、
元々から私と同じような意見を持っている人や、
自分と同じくらいか、自分よりも大人しい人、
自分より意見を言わない人・・・
だったと思います。

それほど、口げんかや、意見の相違という小さなレベルでさえ、
争いごと、争いごとの元になるものが嫌だったんだなぁ・・・。

中学生の頃、
自分の意見をハッキリ言う同級生がいました。
また、自分の正義を持っていたり、
自分のして欲しい何かをしてくれなかったら、
怒ったり、無視したりしてきました。

私は、怒られたり、無視されることが嫌なので、
自分が相手の気に障ることを直せば、
事は収まると思い、
何が気に障ったのか、
何が嫌だったのか、
何をどうすればいいのか、

考えて相手の好みに自分を合わせれば、
文句が言われにくくなる事を覚えました。

実はこれが・・・
争いが嫌だから、回避するための行動として、
一見、自分の為のようにも見えますが・・
私が自分の事を愛していない事につながっているような気がします。
自分迷子になった原因のような気がしてきました(;'∀')