虹の記憶と空色のルピナス

自由にいろいろ書いてます~

ニュートラルにいこうー2日目ー

自分を知るために、何をしたのか。

どうも、蛍石です。

2日目です。

昨日書き終わった後も、今日は何を書こうか、どういう風に書いたら伝わるのか、色々考えていて、まとまらないまま書いております。

・・・・・(*´▽`*)

一番最初に何をしたかな・・・


気分が落ちて気力がなくなるまでに、
身体が、ちょいちょいサインを自分に送っていたんですよね。

例えば、
仕事中に突然39度の高熱が出て手が震えだすとか、
終電車前にお腹を壊して焦るとか、
風邪をひきやすくなったとか、
朝、行きの電車で降りる駅を通過してしまったとか、
気持ち悪くなって、早退をよぎなくされたとか、

まあその、
こうなる前に、こうなる前に、こ・う・な・る・前・に
上司4、5人くらいに相談してたんです。
辞めたいという事も話をしたのですが、、、
お金の問題で、辞めさせてくれなかったんですね~。
だから、身体を壊しましたっていう事実がないと、辞められない状況で。

わざと身体を壊そうと思ったわけでもないんですが、、

うーん、

しょうがない、白状しよう(笑)


うん。

ごめん。

わざと壊したかもしれない・・(;・∀・)


その気になれば、

もう会社自体を辞めます!

って言えば、すぐにでも辞められたはず。

それをしなかったのは、

私の中で、SEとして仕事をどこまで自分ができるのかを知りたかった、

というのがあったから。

それだけが、自分を動かしていたと思います。

会社自体をその時に辞めてしまったら、

SEとしての自分がなくなってしまう。


辞めたいという気持ちと、
SEという職業で自分がどこまでやっていけるのか、という気持ちが、
せめぎ合っていました。

この、自分がどこまでやっていけるのか、というのが、
一日目に書いた、私が確かめておきたかった事。

あー、本当に辛かった・・・(遠い目)


辞めたくて辞めたくてしょうがなかったけど、
SEという職業で自分がどこまでやっていけるのかという確認をしようと
限界まで確認して、身体がもう壊れるまで仕事をしたんだから、
後悔がないほどに、私、もうこの仕事できないんだなっていう事が納得できて、

・・・というか、
納得せざるをえない状況になり、

SEという職業自体を辞めることに決めました。

***


SEとしての私が、すなわち、完璧主義な私でもあったのかも。

男の人ばっかりの職場だったし、
女の人だからって、なめられたくなかったってのもあったし。

本当は、大学時代からプログラミング大っ嫌いだったけど、
なぜかテストではA判定で、
嫌だ!やりたくない!っていう私の言葉が、
ただの怠けとか、ワガママって受け取られたのかもしれなくて。

コード見るのも嫌で嫌でしょうがなかった。
エラーでたら死刑宣告された気にもなってたし。

その一つ一つの全てが、嫌で嫌でしょうがなかった。

それでも、我慢して我慢して、エラー直していったけど、

こういう一連の作業を、
喜んでできる人って、めっちゃすごいなーとホント思うわ~。
すごいわ~。ほんと~。

あ~、そういう人になりたかったわぁ~(´Д⊂ヽ


残念。



・・・ハッ(;・∀・)



話戻します。



一番最初に何をしたかというと、

ちょいちょい送られてきた身体のサイン。

ちょっと無視しすぎて、
(休みはちょいちょいとってたんだけど、根本的対策はとれていなかったので・・)

SEを辞める=会社を辞めたんですが、
辞めてから、次どうしようっていう事を考える前に、

自分では思ってもみなかったほど、
身体的にも、精神的にも疲弊しすぎていて、

何をする気にも起きず・・
(完璧主義な私も、SEとしての私も辞めて空っぽになったので)

辞めてからも、
次どうするのどうするの?とか、
怠けてる扱いされてしまい・・

辞めてからの方が、より、お腹を壊すようになっていったんです。

高熱が出たりする事はなかったけど、

特に、
母親からの、どうするのどうするの?生活どうするの?という
声の圧迫感と金切声をあげられるたびに、
お腹を壊し、状態がマシになったら、また金切声でお腹を壊し・・・
一度お腹を壊すと、数日はご飯が食べられなくなるという状態になっていました。

このお腹を壊すという状態をなんとかしたいと思って、

この状態は何だろうと調べた事が、

一番最初にした事だったと思います。


そしてそこで、

過敏性腸症候群


という病名を知ることができました。









おおおおおおおおぅぅぅぅ(@_@。


病気だったのか・・・私・・・・。

と、初めてここで自分が病気だったことを認識しました。