虹の記憶と空色のルピナス

過去と今をそのまま書いてみるブログです。書きたいことがいっぱいあるので、ただただそれを書いてみたい。そんな感じです(´▽`*)

悩んでいた事 当時編

さて、ちょっと整理してみます。
当時の頭の中の状態は下記のような感じでした。

・印象が良かった先生が実は、マイルドに言うと評判が良くない先生だったという事にショック

・プログラミングが苦手でも、良い先生であればモチベーションがなんとかなりそうだったと思っていたので、あっという間にやる気がなくなってしまった。

・自分の道はプログラミングの道しかないと思い込んでいた。(何のためにこの大学に入学したのかとプレッシャーを与えられていて、追い込まれていた。)

・どういう道を選んだら良いのか、何をしたいのか分からなかったので上記の先生に相談してみたところ(卒業までの担当の先生になるので仕方がなかった)、何をしたいのかが分からないと言っているのに「何をしたいの?」と質問され、話にならなかった事にへこむ。

・周りの人たちは、当たり前なのですがプログラミングが好きな人が集まっていて、自分と同じような悩みを抱えている人が周りにいなかったので、自分で抱え込むしかなかった。


また、基本ベースに以下の思考がありました。

・できないと研究室という社会の中に入れない。
・楽しそうにしなければならない。
・できない自分で、みんなの中にいたくない。(弱い自分をさらけ出すのは恥ずかしい)
・自分の感情表現は、楽しい、嬉しいというポジティブなものしか慣れていなかったので、できない、難しい、といった表現の仕方が難しかったのと、社会の中では言ってはいけないのでは、という思いがあった。

今では書けますが、当時は、弱い自分をさらけ出すことが恥と思っている事にも気づかず、ただただ、そこにいるのが辛かったので、人が少ない時間帯を狙って(出席ノートみたいなのがあった)出席チェックして、すぐに帰る・・というような事を数カ月くらいしていたような気がします。

夏になると、就活も研究テーマもそろそろ決まらないと卒業できなくなってしまうので、意を決して、限られた研究テーマの中でできそうなのを探して「◯◯がしたい」というのを先輩に言ってみました。

すると、私がしたいといったテーマは既に人員がいたので、「◯◯さんと組めば良いんじゃないか」と言ってくれて、なんとか一人で研究を抱え込む状況から抜けることができました。

また、就活も、
「なんのために大学へ行ったのか」という意見と、自分のプログラミングが苦手という状況の折衷案として、色々な事ができる会社に入るという道を選択して活動し初めたところ、ギリギリで決まりました。

自分を保てるギリギリの状態で、研究も就活もなんとか終えることができたのです。先輩と、研究を一緒にしてくれた友人がいなければ、卒業は本気でできなかったと思います。あと、あのまま辛い状況に流されたままだったら、(◯◯がしたい、というセリフがなかったら)研究室の性質上、本気でほったらかしにされていたと思うので、上記の心理状況の中で決意した自分も、頑張ったなーと思います。