虹の記憶と空色のルピナス

過去と今をそのまま書いてみるブログです。書きたいことがいっぱいあるので、ただただそれを書いてみたい。そんな感じです(´▽`*)

社会人編 考察 その2

さて、ここでちょっと振り返って別の視点で見たい事があります。

私の周りの状況と周りの人達についてです。

まず、プログラミングが嫌いという思いを言えずに、それを隠して周りの人達に相談した時のこと。

返ってきた言葉として
「何のためにプログミングが勉強できる大学に行ったのか」
「やってみなければわからない」
「もっと大変な人はいる」
「どこでも同じ」などなど、ありましたが、

それは全部、自分が心の奥底で自分に言い聞かせてきたことでもありました。
(返ってきた言葉全てが当てはまる訳ではないですが・・)

これが鏡の法則なんだろうなーと思っています。なんか違うかもしれないけど(;^ω^)

自分が自分に共感していないのに、
周りが共感してくれる可能性は低くて当たり前です(。-∀-)
ここでは、プログラミングが嫌いという自分の思いを自分は共感してないですし。
いかにこの嫌いという気持ちを除けるかという事ばっかり考えてたし・・。
周りの人達がどんな人達に見えるのか、どういう扱いをされているのか、
それは全部、根本に、自分が自分の事をどういう扱いをしているのか、がキーになっていました。(これに気づいたのは、だいぶ後のことですがね~(。-∀-))


また、
ちょっと書ききれていなかったですが、
「仕事をバリバリできる自分という軸も根元からポッキリ折れた(続 ガラス瓶のように、より)」
理由がいくつかあるように思います。
当時は、何が原因なのか、何が悪かったのか、いけなかったのかと考えて考えて答えがでませんでしたが、今なら何か分かるような気がするので、まとめたいと思います。


・こうありたい(仕事がバリバリできる自分)という自分像に近づく事はできたが、全然楽しくなかった。

・理想の自分像に近づくにつれ、プライベートでもその自分で接するようになった為、友人たちに厳しくしていた面もあり、その為に空気がちょっと重くなったり(気のせいかもしれないけど)厳しくしてしまう自分を後から責めてしまったり(友人たちに一人一人謝りました(気が合わないなあと思っていた友人も含めて))どうしてこうなったんだろうと、落ち込んでいた。

・また、こうありたいという自分像になっているのに、裏切られたショックが大きかった。

・仕事のために、文句を言われないために頑張ってきましたが(喜ばれる事もありましたが)、社会人編 その4で書いた職場では、仕事のために、文句を言われないために、という理由でのモチベーションが続かなくなった。

・自分の思っている事を無視しすぎて、自分が何を感じているのかも分からなくなり、活動するエネルギーを自分の中の隅々まで探したけど、どこにもないような空虚感しかなかった。


結論
あの時苦しかったのは、辛かったのは、
何より自分が、苦しい、辛いという気持ちを認めていなかったから。
苦しい、辛いって言ったらダメだと思っていたから。
周りがどうこうとか、職場どうこうじゃなくて、
(そりゃ理不尽な出来事も多々あったけど)
根本的な原因は、自分の気持ちを自分が大事にしていなかった、
という事なんだろうなと思います。


過去の自分へ言いたいのは、
ごめんよ~(m´・ω・`)m ゴメン…

これにつきる・・・


以上、社会人編 おしま~い (`・ω・´)ゞ

社会人編 考察

社会人編の話とカテゴリ「記憶集 緑」のお話(ガラス瓶のように と 続ガラス瓶のように)がリンクしていて、ちょっと分かりにくい文章になっていると思うので(自分もこんがらがっている(^^;))、ここでもう一度まとめようと思います。

まず、当時の自分の様子をまとめると・・

・バリバリ仕事ができる自分像になれるように頑張っていた。
(自分軸が、想像するできる自分、なりたい誰かの人物像という、仮初の自分軸)

・完璧主義、ミスを許さない(特に自分に厳しい)、80%での完成度でも満足できない。

・常にフルエネルギーで仕事をする。

・自分の気持ちをうまく表現できない。

・自分のプログラミングが嫌いという気持ちとうまく向き合えていない。(テーマ1)

・好きな人、憧れの人、年上の人、等の人達に対して『自分のネガティブな思いが言えない(テーマ2)


そして次に仕事状況をまとめると・・(社会人編 その4でのあまり良くない状況時)

・質問したくても、ちゃんと分かっている人がいない
 →自分一人でなんとかするしかないというプレッシャーがはんぱない

・毎日毎日、監視されているような雰囲気がある。

・周りの人達は、コミュニケーションを進んでとろうとする人がいなくて壁を作っていたため、誰が何の作業をしているかが全く分からず、またバラバラな仕事をしているので仕事上は知らなくても支障はなかったが、繋がりがほとんどなく孤独感が酷かった。

・個人的にはまったく興味がわかず、あまり必要のないものなんじゃないかと感じていて、周りからもあまり望まれていない雰囲気のあるものを上司の指示で作っていた感があったのでモチベーションがない。(完成予定日が過ぎても誰にも文句を言われなかった)
 →その後の話を聞くと、使用してくれてはいるらしい。
  これが完成した後、プロジェクト終了ということで辞めました。


周りの友達の状況

・本当に仲が良かった人は引っ越しで遠く離れてしまったため、趣味が似ている人達と遊んでいましたが、人間的にはあまり好きじゃない人が何人かいて自分が合わせていました。

・悩みを打ち明けても、ちゃんと聞いてくれようとする人がいなかった。


**********

うわあ、うわあ、そりゃ、つぶれるわなあ。(+o+)
今考えると残業も多かったので、自分のリラックスできる時間とストレスの時間は、
0.5:9.5くらいの比でした。

仕事に関しては、当時は自分の心境をちゃんと言語化する事ができなかったので、(自分は何が嫌なのか好きなのかもちゃんと考えた事がなかったし、そういう気持ちに鈍感というのもあり、そろそろ限界じゃないかと気づいた時は、ほとんど何も感じなくなっていた為)周りの友人達も困惑する所があったんだろうなと思います。

自分が嫌な気持ちでいる事がなんとなく分かっても、あまりに嫌なものが多すぎて、どれがどんな感じで嫌なのかと説明できなかったので、説明をあまりしてくれない上司が嫌だとか、質問する人がいないとか、そんな風に話していたような気がします・・。
それだけじゃ辛さが伝わらないので、診断書提出して辞めてる人がいるくらいなんだよ、と説明してたと思うのですが、徹夜とまではいかないまでも、毎日終電まで仕事というのが普通というイメージがある業界だし、説明不足な上司ってホントにどこにでもいるからねー。

それだけ言われてもさ、
やっぱり、うーんってなっちゃうよね。
根底に、でもプログラミングが好きだからやっているんでしょ?っていう誤解が相手にあるから。

今の私が見ると、
やっぱり、プログラミングが嫌いで嫌いでやりたくないっていう思いを、まずは自分が受け入れて、相談する相手にはきちんとその思いを伝えるのが先だったなと思います。

そして、嫌いだけどなんかできてしまうから、私の場合は好き嫌いだけで、自分の仕事の合う合わないを決めるのは、あまり当てはまらないという事を知っておきたかったなという感じです。
一般的にはやっぱり、嫌いな事=できない(成績が悪い)という判断になってしまうので、自分もそうだと思い込んでいました。
できるから、自分もホントは好きなのかなと思う事があったし、好きじゃなかったらこんなに続かないよとも言われたりしていたので、躓いたり作業に時間がかかる時は、自分の努力不足だと思っていました。

常にフルエネルギーで嫌な気持ちを抑え込み、あるいは感情を切り離して、頑張って、頑張っても、周りがこれでOKと思うところまで完成していても、自分はできていない(時間がかかり過ぎだとか、もっとできるんじゃないか等)と思い込んで、さらなる努力不足だと思い、また頑張って頑張って・・・頑張ってしまう。

一体、何のためにこんなに頑張っていたのか・・?と考えていくと、それは、
「誰にも文句を言われたくない」という気持ちが奥底にありました。
これは、否定されるのが嫌だという思いの本質なのかもしれません。

そして、そういう風に思うようになったのは、
私の小さい頃、「あれができてない」「これじゃダメでしょ」と親に言われ続け、
それらの文句の数々を言われたくないから、というのが始まりだと思います。
言われる前にやるのが一番良い、という価値観が出来上がったのでした。


私の場合、
プログラミングが嫌いという思いを伝えてしまうと、
親の場合は、お金を渡せなくなるんじゃないかと文句を言われそう、
上司の場合は、じゃあ辞めてくれと言われそう。(これも自分の中では文句の部類)
友達の場合は、回りがプログラミングが好きな人が多かったので、言ってしまうと仲間外れにされそうとか、バカにされそうという怖さがあったんだと思います。
バリバリの他人軸・・・・・(^^;)

でも、ほんと、自分が嫌いだという事を言うのが嫌だったんだと思います。
辞めるしかないという事は、自分はここにいる理由がないというのと同じ事。
そうなると、嫌々がんばってきた日はなんだったのか、となります。
まだプログラマーとしてやっていけるかどうか自分の中で答えは出ていないのですから。

まあでもきっと、
見極めようとしている段階で、自分には合ってないという事だったのかもと今なら思います。(^^;)


また、否定される事の怖さが大きくなったのは、
好きな人から舌打ちされるわ、自分の都合通りにいかなかったら無視されるわ、それでも合わせていたのに、その人を後輩にとられるわ、二人で帰る所を見せつけられるわ(今まで私としてきた事を別の人で見せられるという・・)信じていた人に裏切られた事がきっかけだったと思います。
ここまで合わせても否定され、たまに言いたいことを言っても受け入れてもらえない自分を、自分で否定していたのだと思います。
(否定されるのが嫌いなのに自分でしてるし・・・(T_T))

相手は評判良い人ではなかったからしょうがないし、自分はバリバリ仕事するタイプ(なりたい自分像で振舞ってたけど)で女の子らしくないからしょうがないとか、頭では、なんとか平常心を保とうとしてたため、ちゃんと泣くという事もできなかったなー。
(その代わり体が反応して高熱で寝込んだ)


・・・今の自分が、過去の自分の感じた事を書くと

うあーん(ノД`)・゜・。

悲しかったよー。信じてた人に文句言われちゃったよー。無視もされちゃったよー。
優しくしてもらえなかったよー。びえーん( ;∀;)
ひどいよー、なんか気に障るなら直接言ってくんないと分からんよー。ムキー( `ー´)ノ

あ、一回文句を伝えた記憶があった(笑)
でも悲しかったって言えてなかったな・・(;´∀`)
ちくしょう(笑)

という感じです。
その時思った事は、言わないとたまっていき、ずっと残っていくもの。
残っている事に気づかず生きていくこともできるけど、
その残っている思いは、いつか必ず、誰かに、何かに、反応するようにできていて、自分に教えてくれます。その教えてくれた時が、自分と向かい合うチャンス。
ものすごーくしんどかったけどね・・(。-∀-)


考察その2へ続きます(´▽`*)たはー

続:ガラス瓶のように

さて、自分の周りにいる人達の見え方って、
鏡の法則とか、引き寄せの法則とか、色々ありますが、私もしっかり勉強したわけではないので今の個人的な意見ですが、法則一つが全てに当てはまるとはあまり思ってはいません。(2017年6月現在)

学生の頃から、自分に何か大変な事が起きた時に思っていた事は、
生まれる前に何か悪い事をしちゃったから、この世でしんどい事が起こっているんだ、
とそんな風に思っていました。

だけど、
だけどね、
たくさんたくさん苦労している人もいれば、
ほとんど何の苦労もなく生活している人もいるのです。
(ここでいう苦労は、お金の心配、体調の心配、結婚や家族の心配など)

どうしてどうして、こんなにしんどい目に自分が合っているのか。
周りの同世代の人達の中には、お金に困っているわけでもなく、親に仕送りする必要もなく、定時帰りに毎日のように遊ぶ事ができたり、わがままを通す事ができる人達もいるのです。上司や職場に悩んだ事がない人達もいるのです。

それを、自分が生まれる前に何か悪い事をしちゃったからという理由だけで、納得する事ができず、納得する余裕もその時の自分にはありませんでした。


やっとプログラミング関係の職場を辞める事ができた時、
なーんにも私の中にはありませんでした。なーんにも残されてはいませんでした。
私のかりそめに作られた、仕事をバリバリできる自分という軸も根元からポッキリ折れていました。(詳細は、カテゴリ:記憶集 青 に書いています)

そして、そんな自分の事を心の底で思っていた事は、落ちるところまで落ちたな・・でした。(たぶん、バリバリ働ける自分が100%の自分だったので、職を失った事で、0%の自分になった感覚だったからだと思います。)

さすがにもうこの時は、プログラマーになれるなれないの見極めとかそういう気持ちは頭になく、「早く休みたい・・・」ただそれだけでした。

そして、こんなくっそ重い&めんどくさい悩み事を受け止める事のできる人は私の周りには誰一人いませんでした。

ですが、
本当に困った時に誰も助けてくれる人がいなかったと叫ぶ人、
結婚したくてもできず、仕事ができる体ではなくなった人、
仕事をする気力がなくなった人、
心に傷を負った人達が私の周りにもいました。

傷のなめ合いの始まりでした・・・(;´∀`)